「カスタマーハラスメント」(カスハラ)という言葉が急激にニュースなどで取り上げられるようになっています。ですが、従前から似たような意味で「クレーム」という言葉も使われています。
「カスタマーハラスメント」(カスハラ)と「クレーム」は何が同じで何が違うのでしょうか。この点について、記載している文献やホームページはほとんど存在しません。また、厚労省カスハラマニュアルにおいても明確な説明はなされていません。そこで、この記事においては、図などを用いて、両者の違いをわかりやすく解説します。
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目次
カスハラとは?カスハラとクレームの違い
カスハラはカスタマーハラスメントを省略した言葉です。そして、カスタマーハラスメント(カスハラ)とは、直訳すると「顧客による嫌がらせ」を意味します。
カスタマーハラスメント(カスハラ)の定義を法律で明確に定めたものはありませんが、厚生労働省が、2022年2月25日に公表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」においては、以下のとおり記載されています。
顧客などからのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの
カスタマーハラスメント対策企業マニュアル
クレームの意義・定義
クレームは、直訳すると、「要求」「主張」「苦情」などを意味します。日常的には、どちらかというと「苦情」という、負のイメージで用いられています。
しかし、「クレームは宝」という言葉もある通り、クレームの中には「正当クレーム」と「不当クレーム」があり、全てのクレームが企業にとって不当なものではありません。
一方で、カスハラの中で「正当カスハラ」というものは存在しません。およそ全てのカスハラが企業にとって不当なものです。この点が、まずクレームとカスハラの違いの一つです。
カスハラと不当クレームの関係
それでは、「カスハラ=不当クレーム」なのでしょうか。しかし、厳密には、カスハラと不当クレームは別の概念です。
不当クレームは、あくまでクレームであるため、その根底には「要求」が存在します。但し、その要求内容やその要求方法が不当なのです。
一方で、カスハラは、その本質は「嫌がらせ」です。そこには当然「要求」が含まれているものも多くありますが、「要求」が含まれていなくとも、「顧客による嫌がらせ」であれば「カスハラ」といえます。
具体例を挙げて説明します。
あるタクシーの運転手が道を間違えたとします。
このとき、顧客が大声で怒鳴り、「道を間違えたんだから料金を払う必要はない」と主張した場合、これは「不当クレーム」かつ「カスハラ」です。
では、このとき、顧客が料金はきちんと支払ったうえで、後日、SNS上に「道を間違えられた。この会社最悪。」という文章と共に、運転手の写真を掲載した場合はどうでしょうか。
これは、もはや「要求」ではなく「嫌がらせ」が主目的であり、「不当クレーム」というよりも「カスハラ」と言うべきです。
このように、「カスハラ」は従来から存在していた「不当クレーム」を含むものですが、それに限らない「顧客による嫌がらせ」を含む概念です。
カスハラとクレームの図示
以上のカスハラとクレームの関係を整理すると次のようなものになります。
- まず、クレーム(要求)には正当クレームと不当クレームが存在する
- 正当クレームはカスハラ(広義)に含まれない
- 不当クレームはカスハラ(広義)に含まれる
- カスハラの中には不当クレームに含まれないもの(要求を伴わない嫌がらせ)も存在する
正当クレームと不当クレーム(広義のカスハラ)の区別
「クレームは宝の山」という言葉もあることからもわかるように、すべてのクレーム(要求、主張、苦情)が不当なものではありません。クレーム対策が行き過ぎてしまい、顧客の正当な要求(権利行使)が踏みにじられることがないように注意する必要があります。
すなわち、企業としては、顧客等のクレーム(要求)のうち、正当クレームについては適切に対応し、不当クレームは拒絶する必要があります。なお、「要求を伴わない嫌がらせ」(狭義のカスハラ)については拒絶すべきことは明らかです。
そこで正当クレームと不当クレームの区別が非常に重要となります。この区別さえできれば、正当クレームとカスハラ(広義)の区別も可能です。
それでは、正当クレームと不当クレームは、それぞれどのようなものでしょうか。
まず、正当クレームとは、要求「内容」も要求「手段・態様」も正当なものです。
一方、不当クレームとは、要求「内容」又は要求「手段・態様」のいずれか一方あるいは双方が不当なものです。
すなわち、不当クレームに当てはまらないものが正当クレームであることから、正当クレームと不当クレーム(広義のカスハラ)を区別するには、不当クレームの判断基準を理解する必要があります。
不当クレームのうち、要求「内容」が不当な例と要求「手段・態様」が不当な例を、以下ではまず説明します。
要求「内容」が不当な例
要求「内容」が正当かどうかは、クレームの原因となっている事実が存在するかどうか、事実が存在する場合、企業側に過失があるかどうか、顧客の要求の内容が発生した損害に見合うものか、などを総合的に判断します。
例えば、以下のようなものが、要求「内容」が不当なものの典型例です。
①高額な慰謝料や迷惑料の要求
②正当理由のない返金要求、返品要求
③社長や支店長の謝罪の要求
④土下座の要求
それぞれ見ていきましょう。
①高額な慰謝料や迷惑料の要求
例えば店員が客のバッグ(時価10万円)を汚してしまった場合、「このバッグはずっと大切にしていたもので精神的損害を被った。バッグの代金10万円に加えて慰謝料1,000万円も支払ってほしい。」などと慰謝料を請求してくることがあります。しかし、過失で他人の物に損害を与えた場合、原則として実損の賠償にとどまり、精神的苦痛(慰謝料)を法的に支払う必要はありません。よって、今回の場合、バッグの時価が客の実損であるため、それ以上に過大な金額を主張してくる場合、その要求「内容」は不当といえます。
②正当理由のない返金要求、返品要求
商品自体には問題がないにもかかわらず、落として壊れてしまった、説明書を見ずに操作して壊れてしまった等、故障の原因が顧客の過失にある場合にまで返金・返品を請求する場合は、要求「内容」が不当であるといえます。
③社長や支店長の謝罪の要求
担当者に対して「お前じゃだめだ、上司や社長を出せ」と言ってくる顧客がいます。クレームの内容にもよりますが、少なくとも、謝罪や商品の修理、交換で済む場合であれば、責任者がでなくても、担当者が対応できるのですから、そのような場合にまで上司や社長のような責任者を出させ、謝罪させるというのは、要求「内容」が不当と言わざるを得ません。
また、顧客に対して誰が対応するかを決定する権限は、企業側にあります。したがって、企業が担当者の変更を断ったにもかかわらず、何度も執拗に社長や支店長の謝罪を求めてきた場合にも、要求「内容」が不当なものといえます。
④土下座の要求
例えば店員の接客態度が悪かったことが原因で、クレームに発展し謝罪が必要な場合であっても、口頭で真摯に謝罪すれば足ります。土下座の謝罪というのは、自発的に行う場合はともかく、相手方から要求されて行うものではありません。謝罪の方法として土下座の要求までされた場合には、もはや要求「内容」が不当であると言えます。
カスハラやクレーマーの対応については、以下の記事で詳しく解説しています。是非、合わせてご覧ください。
要求「手段・態様」が不当な例
要求「手段・態様」が正当かどうかは、その方法、態様のみならず、場所や時間、経緯なども考慮して総合的に判断します。
例えば、以下のようなものが、要求「手段・態様」が不当なものの典型例です。
①怒鳴る、乱暴な口調
②脅迫的言動、暴力的言動
③長時間の電話、連日の電話
④店舗や会社への長時間の居座り
⑤「役所やマスコミに通報する」との主張
⑥「写真や動画をインターネットに載せる」との主張
①怒鳴る、乱暴な口調
「お前頭が悪いのか」「そんなことも知らないのか」等の言辞とともに怒鳴ったり、暴言が飛び出してきた場合、相手方には解決に向けて歩み寄る姿勢はなく、ただただ感情をぶつけることが最大の目的となっていることが多いです。このような言動は、要求「手段・態様」が不当であるといえます。
②脅迫的言動、暴力的言動
「言うことを聞かないと殺すぞ」「このままだと社会で生活できなくなるぞ」「お前の住所も子供の名前も簡単に調べられる。」等の脅迫的・暴力的言動は、脅迫罪に該当する可能性があります。さらに、「こいつをクビにしろ」等何らかの行為を強要する言動は「強要罪」に該当する可能性もあます。脅迫的言動、暴力的言動は要求「手段・態様」として不当ですし、場合によっては犯罪が成立する可能性すらあります。
③長時間の電話、連日の電話
長時間の電話や連日の電話がかかってきた場合、担当者はそのクレーマーに対応しなければならず、業務に支障が生じます。特に、同じ話を何度も繰り返す場合や会社としての回答を伝えたにもかかわらず納得いかず何度も電話してくる場合には、要求「手段・態様」として不当です。
④店舗や会社への長時間の居座り
自分の言い分を通すために、店舗や会社で長時間居座り続けられた場合、企業側は、その居座るクレーマー対応に追われることになり、業務が妨害されることになります。特に、「お時間が来たのでお帰り下さい」などと会社から明確に退去を要求されたにもかかわらず、居座りを続けた場合には、要求「手段・態様」が不当なものにあたります。
⑤「役所やマスコミに通報する」との主張
各企業の所轄官庁や都道府県に通報する旨の主張はクレーマーの常套手段です。また、週刊誌やマスコミに通報するなどと脅してくることもあります。このような主張は、通報することが目的ではなく、通報すると脅していうことを聞かせることが目的です。まさに要求「手段・態様」が不当な一例です。
⑥「写真や動画をインターネットに載せる」との主張
近時とくに増加しているクレーマーの主張です。担当者の対応の悪さや商品の不備などを、スマホで写真や動画で撮影し、「写真や動画をインターネット(SNS)に載せる」と脅して、自らの要求を通そうとするものです。これも要求「手段・態様」が不当な一例です。
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カスハラ(不当クレーム)か否かの判断基準
正当クレームと不当クレーム(広義のカスハラ)を区別するには、不当クレームの判断基準を理解する必要があります。
しかしながら、不当クレームか否かの判断は非常に難しいです。実際に、未だに不当クレームの判断基準について明確に論じている文献等は殆ど存在しません。
但し、前述の不当クレームの定義から、一定程度の判断基準を導くことができます。それは、その要求が「社会通念上不相当」といえるか否か、です。
まず、前述のとおり、不当クレームとは、要求「内容」又は要求「手段・態様」のいずれか一方あるいは双方が不当なものです。
例えば、時価10万円のバッグの損害賠償として慰謝料1,000万円を要求してきた場合には、要求「内容」が明らかに不当であるため、それだけで不当クレームと判断できます。
また、時価10万円のバッグの損害賠償として10万円を要求してきた場合であっても、その要求方法が顔面を殴るなどの暴行を伴うものであった場合には、要求「手段・態様」が明らかに不当であるため、それだけで不当クレームと判断できます。
問題は、要求「内容」又は要求「手段・態様」のどちらかだけで明らかに不当である、とはいえないようなケースです。
例えば、こちら側に一定の落ち度があり、時価10万円のバッグの損害賠償として12,3万円を要求してきた上、その要求も長時間に亘り、ところどころに乱暴な口調を伴うといった場合です。
要求「内容」も多少不当なようである、要求「手段・態様」も多少不当なようである、といったケースです。
上記のケースに現れた事情だけでは、一概に不当クレームと決めつけるわけにはいきません。こちらの落ち度の内容、12,3万円を要求している根拠、長時間といっても何時間なのか、乱暴な口調とはどのようなものか、などを総合的に考慮して判断することになります。
ではその際に、何を基準に不当クレームか否かを判断すればよいのでしょうか。
やはり切り口は、要求「内容」と要求「手段・態様」です。要求「内容」と要求「手段・態様」に着目して、そのどちらか一方だけで明確に不当クレームと判断できない場合には、要求「内容」の不当性と要求「手段・態様」の不当性の相関関係で判断すべきです。
そして、要求「内容」の不当性と要求「手段・態様」の不当性を相関関係で判断した結果、その要求が「社会通念上不相当」といえる場合には、不当クレームにあたります。
まず、要求「内容」がそこまで不当でなくとも、その要求「手段・態様」があまりにも不当であれば、その要求はもはや「社会通念上不相当」といえるため、不当クレームにあたります。
一方、要求「内容」があまりにも不当であれば、要求「手段・態様」がそこまで不当でなくとも、その要求はもはや「社会通念上不相当」といえるため、不当クレームにあたります。
クレーム
カスハラ(不当クレーム)の判断基準を具体例で解説
カスハラの中でも不当クレームに当たるかどうかを判断するため、いくつかの具体例を交えて解説いたします。
ケース①要求「内容」によって正当クレームと不当クレームに分かれるケース
まず、要求「手段・態様」として、ところどころ大声を出す、長時間に亘る電話があったとします。その要求「内容」が「クリーニングで汚れが取れていなかったので返金しろ」(実際には殆ど汚れは取れていた)であった場合には、その要求は「社会通念上不相当」といえ、不当クレームにあたると判断されるケースが多くなるでしょう。
一方で、同じように要求「手段・態様」として、ところどころ大声を出す、長時間に亘る電話があったとします。しかし、その要求「内容」が「通園バスの事故で子供が亡くなったので謝罪しろ」(事故の原因は運転手の居眠り)であった場合には、同じ要求「手段・態様」であったとしても「社会通念上不相当」とはいえないのではないでしょうか。企業側の落ち度で子供を亡くした親が、ところどころ大声を出すことも電話が長時間になることも、やむを得ないのではないでしょうか。
このように、仮に要求「手段・態様」が同じでも、要求「内容」によって、不当クレームと正当クレームに分かれるケースもありえるのです。
ケース②要求「手段・態様」によって正当クレームと不当クレームに分かれるケース
次に、要求「内容」として、時価10万円のバッグの損害賠償として12,3万円を要求してきたとします。その要求「手段・態様」が、大声で怒鳴る、長時間居座り続ける、暴行を伴うものであった場合には、その要求は「社会通念上不相当」といえ、不当クレームにあたると判断されるでしょう。
一方で、同じように要求「内容」として、時価10万円のバッグの損害賠償として12,3万円を要求してきたとします。しかし、その要求「手段・態様」が、静かな口調で「バッグの時価10万円といくらかのお詫びの形として、12,3万円支払って頂く、という形はご検討いただけますか。」という要求であった場合はどうでしょうか。勿論、企業側があくまで10万円しか払えないと回答したにも関わらず、執拗に何度も同様の要求をしてきた場合は「社会通念上不相当」といえることもありますが、ひとまずの主張として上記要求をする分には「社会通念上不相当」とまではいえないのではないでしょうか。
このように、仮に要求「内容」が同じでも、要求「手段・態様」によって、不当クレームと正当クレームに分かれるケースもありえるのです。
以上のとおり、不当クレームか否かは、要求「内容」の不当性と要求「手段・態様」の不当性を相関関係で判断した結果、その要求が「社会通念上不相当」といえるか否か、が一つの基準となります。
カスハラ(不当クレーム)か否かの判断基準の図示
ここまで述べてきたカスハラ(不当クレーム)か否かの判断基準をまとめると以下のとおりです。
- 不当クレームか否かは、要求「内容」の不当性と要求「手段・態様」の不当性を総合的に判断する
- 要求「内容」の不当性が高ければ高いほど、要求「手段・態様」の不当性が低くても不当クレームに当たりやすい。なお、要求「内容」が著しく不当である場合には、要求「手段・態様」が正当であっても不当クレームに当たる
- 要求「手段・態様」の不当性が高ければ高いほど、要求「内容」の不当性が低くても不当クレームに当たりやすい。なお、要求「手段・態様」が著しく不当である場合には、要求「内容」が正当であっても不当クレームに当たる
カスハラ(不当クレーム)か否かの判断基準を図で整理すると以下のとおりです。
まとめ
本記事のまとめは以下の通りです。
・カスハラとは、カスタマーハラスメントの省略した言葉
・カスハラの本質は、「顧客による嫌がらせ」
・クレームには、「正当クレーム」と「不当クレーム」がある
・不当クレームか否かの判断基準は、要求が「社会通念上不相当」といえるかどうか
・要求「内容」の不当性と要求「手段・態様」の不当性を総合的に判断する
カスハラやクレームに適切に対応するには、まず「カスハラ」、「クレーム」を正しく理解し、その要求内容や要求手段・態様が「社会通念上不相当」か否かを総合的に判断する必要があります。
そして、現場担当者だけでなく、組織全体の問題としてカスハラに対する理解を深め、対処していきましょう。企業が行えるカスハラ対策は、以下の記事で詳しく解説していますので、是非ご覧ください。
もし、カスハラやクレームでお困りごとがあれば、我々にご相談ください。
香川総合法律事務所では、当該企業の実態に添った具体的なマニュアル作成及び実演を交えたコーチング研修等を行っております。クレーマー顧客対応や訴訟になった場合のシームレスな訴訟対応も可能ですので、クレーム対応に不安がおありの場合は是非ご相談なさってみてください。
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