「昔はこんなに理不尽な顧客はいなかった……」 「些細なミスで土下座を強要されたり、SNSに晒すと脅迫されたりするのはなぜ?」
接客やサービス業の最前線に立つ現場スタッフから、悲鳴が上がっています。 かつては「一部の困った人」の問題だったクレーマーは、今や「誰でも加害者になり得る」社会問題へと変貌しました。
カスハラがなぜ増えたのか? 結論、それは単なる「個人のモラル低下」だけが原因ではありません。「社会構造の変化」「心理的メカニズム」「企業の構造的欠陥」という3つの要因が複雑に絡み合った結果の「必然」です。
この記事では、カスハラ増加傾向の「本当の理由」を深掘りし、カスハラする人の特徴や心理プロファイルを分析します。 「なぜ?」を理解すれば、あなたは自分を責める必要がなくなります。そして、組織として取るべき「脱・お客様は神様」という新しい対策が見えてくるはずです。
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目次
カスハラはなぜ増えた?データで見るカスハラ急増の実態

まずは主観ではなく、客観的なデータで実態を直視しましょう。 「カスハラ増えた気がする」ではなく、「確実に、爆発的に増えている」のが現実です。
過去5年間の被害件数推移と条例化の動き
UAゼンセンが2024年に実施した調査によると、サービス業に従事する人の約46.8%が、直近2年以内にカスハラ被害(カスタマーハラスメント)に遭ったことがあると回答しています。実に2人に1人が被害者という異常事態です。 また、パーソル総合研究所の調査結果でも、顧客からの迷惑行為が増加していることが報告されており、全体として深刻化の一途をたどっています。
特に近年顕著なのが、「迷惑行為の悪質化」です。 単なる苦情(クレーム)を超え、暴言、脅迫、長時間拘束、土下座の強要といった、犯罪スレスレ(あるいは犯罪そのもの)の行為が発生しています。精神的疾患を発症して退職に追い込まれる従業員も後を絶ちません。
この状況を重く見た国や自治体も動き出しました。 東京都では全国初となる「カスタマーハラスメント防止条例」が成立し、厚生労働省も企業に対策を義務付ける法改正の準備を進めています。 もはやカスハラは、個人の忍耐で解決する問題ではなく、社会問題化した緊急課題なのです。
なぜ今なのか?コロナ禍が引いたトリガー
なぜ、ここ数年で急激に悪化したのでしょうか? その大きな転換点は間違いなく「コロナ禍」にあります。 パンデミックは、人々の心に余裕を失わせ、攻撃性を高めるトリガーとなりました。
「正義」の暴走: 「マスクをしていない」「距離が近い」といった他人の行動を過剰に監視・攻撃する「自粛警察」や「マスク警察」の心理。この時に醸成された「正しければ相手を攻撃してもいい」という歪んだ正義感が、そのまま店員への攻撃性に転化されました。
コミュニケーション不全: 感染防止としてセルフレジや自動精算機の導入が進み、アクリル板越しでの会話が日常化しました。人と人との触れ合いが減り、相手を「感情のある人間」ではなく「便利なシステムの一部」とみなす傾向が強まり、相手の痛みに対する想像力(共感性)が欠如していったのです。
ストレスフルな社会情勢と、非対面化による共感性の欠如。この2つが重なり、カスハラという爆弾に火をつけました。
カスハラが増えた要因①日本型「おもてなし」の限界と崩壊
カスハラなぜするのか。その根底にあるのは、日本が長年誇ってきた「おもてなし文化」の構造的な破綻です。 「高品質なサービスを、低価格で受けるのが当たり前」という消費者の感覚と、提供側の現実が乖離(かいり)し始めています。
「過剰サービス」と「人手不足」の悪魔的ミスマッチ
かつての日本は、高度経済成長期やバブル期において、豊富な労働力を背景に「お客様は神様」として手厚いサービスを提供できました。 「水と安全とサービスはタダ」と言われた時代です。しかし、少子高齢化による深刻な人手不足がその前提を完全に崩しました。
- 顧客の期待値(高いまま): 「笑顔で、迅速に、ミスなく、特別扱いしてくれるはずだ」「マニュアル以上の対応をしてくれるのがプロだ」
- 現場の実態(限界): 「最少人数(ワンオペ)で回している」「外国人スタッフや高齢者スタッフが増え、マニュアル対応で精一杯」「余裕がない」
この「期待と現実のギャップ(期待不一致)」が、顧客の失望と怒りを生み出します。 「昔はもっとちゃんとしていた」「なんでこんなこともできないんだ」という怒りは、実はサービス低下に対する苛立ちではなく、「自分が神様扱いされないこと(大切にされていないこと)への不満」なのです。
「失われた30年」が生んだ消費者の余裕のなさ
日本経済の停滞も、カスハラの温床となっています。 長引くデフレと実質賃金の低下により、消費者の財布の紐は固くなり、心にも余裕がなくなっています。
「お金を払う」という行為に対する対価(リターン)への要求レベルが、異常に高くなっているのです。 「たった100円のサービスでも、100円以上の価値を提供しろ」 「ミスがあったら、値引きやお詫びの品で損を取り戻させろ」
このように、サービスを「損得勘定」だけで捉え、少しでも損をしたと感じると、「被害者」として過剰に攻撃する。貧困化する社会が生み出した、悲しい消費者心理の一端と言えます。
格差社会と「お客様」という唯一の優越感
もう一つの社会背景として、経済格差の拡大と閉塞感があります。 職場ではパワハラ上司に頭を下げ、家庭でも居場所がない。社会の中で評価されず、ストレスを溜め込んでいる人々。 彼らにとって、「お客様」として店に行く時は、唯一「自分が主導権を握り、優越感に浸れる時間」です。
「金を払っているんだから、俺の方が偉い」 「店員は客の言うことを聞くべきだ」
このような歪んだ資本主義の解釈が、店員に対する攻撃的な態度(マウント)として表出します。彼らにとってカスハラは、失われた自尊心を取り戻すための、一種の「ストレス発散イベント」になってしまっているのです。
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カスハラが増えた要因②加害者の脳内で何が起きているのか?

次に、加害者個人の心理にフォーカスします。 「なぜ、そこまで怒るのか?」その正体を知ることで、現場スタッフは「自分が悪いわけではない」と冷静になることができます。
高齢者の暴走を生む「孤独」と「喪失感」
カスハラ加害者に中高年男性が多いことは、多くのデータが示しています。 これは単に「頑固だから」ではありません。定年退職による「社会的アイデンティティの喪失」と「孤独」が深く関係しています。
- 役割の喪失: 「部長」「課長」といった会社での肩書きを失い、「ただの人」になった不安。
- 承認欲求: 「自分の知識や経験を誰かに認めてほしい」「自分はまだ社会の役に立つ人間だと思いたい」。
この満たされない承認欲求が、「店員のミスを正してやる(教育的指導)」という歪んだ正義感に変換されます。 彼らが長時間説教をするのは、実は「怒っている」のではなく、「自分と向き合ってほしい(構ってほしい)」という孤独の叫びであるケースが非常に多いのです。店員を叱ることで、自分の存在意義を確認しているとも言えます。
脳科学で見る「キレる老人」:前頭葉の萎縮
感情のコントロールができなくなる背景には、脳科学的な要因も指摘されています。 人間の脳の中で、感情や衝動を抑制する働きを持つのが「前頭葉」です。この前頭葉は、加齢とともに萎縮し、機能が低下しやすい部位でもあります。
- 感情抑制機能の低下: 些細なことでカッとなり、怒りを抑えられない。
- 共感性の欠如: 相手がどう感じるかを想像できず、自分の言いたいことだけをまくし立てる。
「キレる老人(シルバーモンスター)」と呼ばれる現象は、性格の問題だけでなく、こうした生理的な変化も影響している可能性があります。理屈が通じない相手に対し、まともに議論しようとすること自体が徒労に終わる理由がここにあります。
SNSによる「カスハラのエンタメ化」と承認欲求
一方で、若年層によるカスハラも増えています。ここでキーワードになるのが「SNS」です。
YouTubeやTikTokで、「店員を論破してみた」「不当な対応を晒してみた」といった動画が数万回再生される時代です。 これを見た一部のユーザーが、「店員を攻撃することは、正義の鉄槌であり、面白いコンテンツになる」と誤学習してしまいます(学習性カスハラ)。
- 承認欲求の暴走: 「いいね」欲しさに、わざと過激なクレームをつけ、その様子を撮影する。
- 私刑(リンチ)の正当化: ネット上の「炎上」を武器に、「拡散されたくなかったら言うことを聞け」と企業を脅す。
カスハラが、密室のトラブルから「劇場型のエンターテインメント」へと変質してしまったこと。これが、現代特有の最も恐ろしい特徴です。
「正義中毒」:ドーパミンによる快楽
「正義中毒」という概念も重要です。 人は「自分は正しく、相手は間違っている」と確信し、相手を攻撃している時、脳内で快楽物質であるドーパミンが分泌されます。
- 「ルール違反を許さない」
- 「間違った接客を正してやる」
こうした正義感に基づく攻撃は、本人にとっては「気持ちいい」行為であるため、止めることが難しく、依存性があります。クレーマーが長時間にわたって執拗に責め立てるのは、怒りによる興奮状況が快楽に変わっているからかもしれません。
カスハラが増えた要因③企業の曖昧な基準がモンスターを育てた
社会や個人の問題だけでなく、企業側にも「モンスターを育ててしまった」責任の一端があります。 これは、現場スタッフではなく、経営層や管理者が直視すべき課題です。
「誠意を見せろ」に屈してきた過去のツケ
「ゴネ得(ゴネれば得をする)」という言葉があります。 これまで多くの企業は、トラブルを穏便に済ませるために、不当な要求に対しても「誠意」という名の金品や過剰な謝罪で解決を図ってきました。
- 「大声を出せば値引きしてもらえた」
- 「土下座させたら気が済んだ」
こうした「成功体験」が、クレーマーを増長させ、より悪質なモンスターへと進化させてしまいました。 「マニュアルがない」「現場判断で何とかしろ」という企業の無策が、現場スタッフを矢面に立たせ、カスハラ被害を拡大させているのです。
AI・DX化による「不便さ」の転嫁
業務効率化のためのDX(デジタルトランスフォーメーション)も、皮肉なことにカスハラの要因となっています。
- 何度電話しても自動音声ガイダンスでたらい回しにされる。
- チャットボットが的外れな回答しかしない。
- WebサイトのUIが分かりにくく、手続きが完了しない。
デジタルへの不慣れやシステムの不備によって蓄積された顧客のイライラは、最終的に繋がった「有人オペレーター」や「店舗スタッフ」に全てぶつけられます。 企業は、効率化の裏で現場に「感情労働のシワ寄せ」がいっている事実を認識する必要があります。
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なぜあの業界でカスハラが多発するのか

カスハラはどの業界でも起こり得ますが、特に被害が深刻な業界には、それぞれの構造的な要因があります。
1. 医療・介護業界:「命」と「家族愛」の暴走
医師や看護師、介護士に対する暴言・暴行は深刻です。 ここには、「命を預けている」という極度の不安と、「家族を大切に思っているからこそ」の過剰な要求が背景にあります。患者や家族からの理不尽な言動が絶えません。
- 「母さんがこんな状況になったのはお前らのせいだ!」
- 「金を払ってるんだから、つきっきりで面倒を見ろ!」
不安や罪悪感が、最も身近にいるケアスタッフへの攻撃として転嫁される構造です。また、認知症患者による暴力など、病気に起因するケースもあり、対応を難しくしています。
2. 公共交通機関(鉄道・バス・タクシー):「時間」への焦り
「時間通りに運行して当たり前」という日本の交通インフラへの信頼が、逆にアダとなっています。 数分の遅延でも、「会議に遅れる!どうしてくれるんだ!」と激昂する客が後を絶ちません。
- 閉鎖空間: バスやタクシーの車内は逃げ場のない密室であり、乗務員は無防備な背中を晒しています。
- ストレスの連鎖: 満員電車や渋滞などのストレスが、制服を着た職員に向けられます。
3. 役所・公務員:「税金」という錦の御旗
「俺たちの税金で飯を食っているくせに」 この言葉は、公務員が浴びせられる暴言の代表格です。
- 主権者意識の履き違え: 「納税者=雇い主」という誤った解釈により、公務員を「召使い」のように扱う。
- 制度への不満: 法律や制度で決まっていること(窓口ではどうしようもないこと)への不満を、目の前の職員にぶつける。
なぜ日本だけで「お客様は神様」なのか?
海外に目を向けると、日本とは全く異なる景色が見えてきます。「カスハラは日本だけ」特有の問題と言われる所以はここにあります。 欧米では、「店と客は対等な契約関係」という意識が浸透しています。日本はカスハラ大国からの脱却が必要です。
「チップ文化」の有無とサービスの質
アメリカなどでは、良いサービスにはチップ(対価)を払います。逆に言えば、「チップを払わない客には、それなりの対応しかしなくていい」という割り切りがあります。 一方、日本ではサービス料が価格に含まれている(あるいは無料と認識されている)ため、「どんな客にも最高のサービスを」という過剰な期待が生まれます。
「お断り(Refuse)」の文化
欧米の店舗には、“We reserve the right to refuse service to anyone.”(私たちは誰に対してもサービスを拒否する権利を持っています) という掲示があることが珍しくありません。 店員に暴言を吐く客は、即座に「Get out!(出ていけ)」とつまみ出されます。周囲の客も店員を擁護します。
日本でも、この「嫌な客は客ではない(拒否する権利がある)」というグローバルスタンダードな感覚を取り入れる時期に来ています。
カスハラの被害から守るため!「おもてなし」から「対等な取引」へ

ここまで見てきたように、カスハラ増加の背景には根深い構造的な問題があります。 したがって、現場スタッフの「接遇スキル向上」や「我慢」だけでは、もはや太刀打ちできません。
組織として「お客様は神様ではない」と宣言する勇気
今求められているのは、「お客様は神様」という呪縛からの解放です。 企業と顧客は、商品・サービスと対価を交換する「対等なパートナー」であるべきです。
「不当な要求には屈しない」 「従業員を守ることが、結果として善良な顧客へのサービス向上につながる」
このような毅然とした姿勢を経営トップが示し、「悪貨(悪質クレーマー)が良貨(善良な顧客と従業員)を駆逐する」のを防止しなければなりません。
現場を守る「ガイドライン」と「警察連携」
精神論ではなく、物理的に現場を守る仕組みが必要です。
- 具体的なレッドラインの策定: 「大声を出す」「〇分以上居座る」「暴言を吐く」など、「これをしたら即通報」という明確な基準を作る。
- 証拠の保全: 防犯カメラ、ボイスレコーダーの常時作動を周知し、「見られている」という抑止力を働かせる。
「何かあったら会社が全責任を持って守る」という安心感こそが、現場スタッフにとって最強のフォローとなります。
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なぜカスハラが増えた?に関するよくある質問(FAQ)
最後に、カスタマーハラスメントについてよくある疑問にお答えします。
Q1. カスハラをする人の心理状況は?
承認欲求、ストレス発散、孤独感、そして「自分は正しいことをしている」という歪んだ正義感が複雑に絡み合っています。特に「自分を認めてほしい」「大切に扱われたい」という満たされない欲求が、店員への攻撃性として表出するケースが多いです。
Q2. ハラスメントが増加している原因は何ですか?
社会全体の「寛容さ」の低下、SNSによる情報の拡散と模倣、そして過剰なサービス競争による「やってもらって当たり前」という意識の定着が複合的に作用しています。
Q3. クレーマーが増えている理由は何ですか?
高齢化社会における感情コントロール機能の低下や、ネット社会における匿名性の悪用などが背景にあります。また、企業側が「事なかれ主義」で要求に応じてきたことも、クレーマーを増長させる一因となっています。
Q4. カスハラはなぜ生まれるのでしょうか?
根本的には、「顧客=神様、店員=下僕」という誤った上下関係の認識と、サービス提供側の「断れない」弱さが生み出す構造的な問題です。対等な人間関係が築けていない場所で、カスハラは発生します。
Q5. カスハラが多い職場は?
小売、飲食、介護、医療、交通機関、コールセンターなど、BtoC(対個人)で「逃げ場がない(対面・電話)」環境ほど発生しやすい傾向にあります。特に、相手が反撃してこないと見なされやすい現場が狙われます。
Q6. 日本の三大ハラスメントは?
一般的には「パワハラ(パワーハラスメント)」「セクハラ(セクシャルハラスメント)」「マタハラ(マタニティハラスメント)」を指しますが、近年ではこれに「カスハラ(カスタマーハラスメント)」を加えて「四大ハラスメント」と呼ぶ動きも強まっています。
まとめ|理由を知れば怖くない。毅然とした対応を

カスハラが急増した背景には、「社会の閉塞感」「加害者の孤独」「企業の事なかれ主義」という根深い問題がありました。 つまり、目の前の客が怒鳴っているのは、あなたの接客が悪かったからではありません。 時代の病理が、たまたまあなたに向かって噴出したに過ぎないのです。
「私のせいではない」 そう思えるだけで、心はずっと軽くなるはずです。
構造を理解した上で、これからは組織として「断る勇気」を持つフェーズに入ります。理不尽な悪意に消費されることなく、誇りを持って働ける就業環境を、私たちの手で作っていきましょう。
【あなたの会社が今すぐ取るべきアクション】
- 実態調査: 現場で起きているカスハラの事例を収集し、経営層に報告する。
- ルールの明文化: 「お客様は神様ではない」という基本方針を策定する。
- マニュアル作成: 現場が迷わず判断できる「通報基準」を作る。
現場を守るための第一歩。無料相談のご案内
「具体的にどのようなマニュアルを作ればいいのか分からない」 「従業員にカスハラの背景を理解させたい」
そのような企業担当者様へ、私たちはカスハラ対策の専門家として、無料相談を実施しています。
カスハラ関連の著書出版・講演多数の実績ある弁護士が、企業の抱えるハラスメント問題を解決致します。
カスハラやクレームにお困りの場合は、是非ご相談ください。
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