「お前の名前はなんだ! 名刺を出せ!」 「責任を取らせるからフルネームを教えろ!」 「漢字はどう書くんだ? ネットに晒してやるからな」
理不尽なクレームの最中にこう詰め寄られ、恐怖で頭が真っ白になった経験はありませんか?
スマートフォンひとつで誰もが情報を発信できる今、個人名(個人情報)を知られることは、単なる「接客の一環」ではありません。あなた自身の生活、そして家族の安全さえも脅かし得る、現実的なリスクです。
- 教えないと「失礼」だと思われるのでは?
- 逆上されて、もっと面倒になるのが怖い
- 店長不在、ワンオペで逃げ場がない
- 会社に明確なルールがなく、現場が丸投げされている
もし、震える声でフルネームを名乗ってしまっているなら、今すぐその対応を改めてください。
結論から言います。悪質なクレーマーに、あなたのフルネームを教える義務は一切ありません。
たとえバイトであっても、店員の名前を聞くカスハラに対して、毅然と「名前を聞かれたが答えたくない」という意思を通して守られるべきです。
この記事では、氏名開示を拒否できる考え方(根拠)と、相手を刺激しにくい断り方を「段階別トークスクリプト」として具体化します。さらに、写真撮影など“追撃”が来たときの対処、業種別の現実的運用、会社として今すぐ整えるべき体制まで、現場で使える形でまとめます。
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目次
カスハラで名前を聞かれたら?教える義務はない

お客様に名前を聞かれたからといって、従業員がフルネームを名乗らなければならない一般的な義務はありません。むしろ、名前の開示は、晒し・特定・ストーカー・報復の入口になり得ます。
むしろ、安易に教えることの方がリスクが高く、企業としても避けるべき行為です。ここでは、その法的根拠を明確にします。
従業員の氏名は守られるべき個人情報である
「名札をつけているんだから、教えてもいいだろう」「顧客には知る権利がある」というのは、クレーマー側の勝手な論理です。
個人情報保護の観点では、氏名は典型的に「個人情報」に該当し得ます。個人情報保護委員会のFAQでも、氏名のみでも個人情報に該当すると考えられる旨が示されています。さらに政府広報でも、氏名・住所・顔写真などが個人情報の例として説明されています。
ここで大事なのは、「法律上こうだから必ず渡してはいけない」という話に寄せすぎないことです。現場で必要なのは、相手を論破することではありません。
“個人情報だから社内規定で開示しない運用にしている”という説明に落とし込むことが、最も揉めにくいです。
企業の「安全配慮義務」違反になるリスク
労働契約法第5条には、使用者が労働者の生命・身体等の安全を確保しつつ働けるよう必要な配慮をする旨が定められています。
名前を開示させた結果、晒しやストーカー、メンタル不調などの被害が出れば、「会社は何をしていたのか」が問われやすくなります。
つまり、現場に「教えろ」と言わせるのは、会社にとってもリスクです。名前を守る仕組みは“従業員のわがまま”ではなく、会社の危機管理です。
(参考条文:労働契約法 第5条 | e-Gov法令検索)
執拗な氏名要求は「強要罪」になる可能性も
相手の言動が「脅し」や「威圧」を伴う場合、脅迫や強要の論点が出てきます。刑法では、脅迫(第222条)や強要(第223条)が規定されています。
- 強要罪(刑法223条): 脅迫や暴行を用いて、義務のないことを行わせる行為。(3年以下の懲役)
- 脅迫罪(刑法222条): 生命、身体、自由、名誉、財産に対し害を加える旨を告知して脅す行為。(2年以下の懲役または30万円以下の罰金)
現場でここまで細かく言う必要はありませんが、少なくとも社内では「ライン」を決めておくべきです。
- 「SNSに晒す」「殺す」「ただじゃおかない」などの脅し
- 退去要請に従わない居座り
- 撮影・録音を盾にした威圧
- 土下座や無償提供の強要
このあたりに入ったら、接客ではなく安全対応に切り替える。これが現実的です。
(参考条文:刑法 第222条、第223条 | e-Gov法令検索)
社会全体でも働く人のプライバシー配慮が進んでいる
たとえば国土交通省は、省令改正に伴い、バス・タクシー等の車内での乗務員等の氏名掲示義務を廃止し、乗務員等のプライバシーに配慮して安心して働ける環境整備を促進する旨を公表しています。
「名前を出さないのは非常識」という空気は、すでに時代遅れになりつつあります。
また厚生労働省は、カスタマーハラスメントについて、正当なクレームと区別しつつ、従業員を守る対応や体制整備の必要性を示す企業マニュアルを公表しています。つまり、会社が方針を掲げ、現場を守る流れは「特殊」ではありません。
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なぜカスハラ客は名前を聞きたがるのか?名前を聞く心理の3パターン

相手の狙いがわかれば、恐怖は「分析」に変わります。 店員の名前を聞く心理や、クレームで名前を聞く心理の背景には、主に3つの動機が働いています。
心理①責任の所在」を個人に押し付けたい
会社や組織全体を相手にすると勝てないと感じているため、弱そうな個人をターゲットにします。 「〇〇(あなたの名前)のせいでこうなった」と個人攻撃の対象を特定し、逃げ場をなくして優位に立ちたいという心理です。
心理②恐怖で支配し言うことを聞かせたい
「俺はお前の名前を知っているぞ」と暗に示すことは、強力な支配手段です。 プライバシーを握ることで、スタッフに無言の圧力をかけ、無理な要求(値引き、土下座、特別扱いなど)を通そうとする支配欲が隠れています。
心理③ネット晒しや報復への準備
現代で最も危険なのがこれです。フルネームや漢字、勤務先、顔写真が揃うと、SNS検索や口コミ投稿でそれっぽい個人に辿り着きやすくなります。
- 住所・最寄り駅
- 出身校・学歴
- 家族構成・恋人の有無
- 過去の投稿や趣味
だからこそ「教えない」が最大の防御になります。
カスハラ客を黙らせる名前を聞かれた時の切り返しトーク集

では、実際に現場でどう回答すればいいのでしょうか? ポイントは、「個人の意思」ではなく「会社のルール(規定)」として断ることです。 「私が教えたくありません」と言うと角が立ちますが、「ルールで決まっています」と言えば、相手の矛先は「あなた」から「会社」へと逸れます。
レベル1(軽い質問)|丁寧に・しかし線引きは明確に
まだ相手が落ち着いている段階なら、丁寧かつ毅然と断ります。
「恐れ入りますが、防犯上の理由により、当店ではフルネームの開示は控えております。ご用件は責任者へ共有いたしますので、内容をお伺いできますでしょうか。」
- 「防犯上の理由」は刺さりやすい
- “断るだけ”で終わらせず、「用件を聞く」に繋げる(クレームを会社の土俵へ)
レベル2(威圧・詰め寄り)|責任を組織に戻す
「責任を取る気がないのか!」「逃げるのか!」と詰め寄られた場合は、責任の所在を個人から「店・会社」へ移します。
「今回の件は担当者個人ではなく、店舗(会社)として対応いたします。必要でしたら責任者がご説明しますので、個人の特定につながる情報はご容赦ください。」
「逃げている」のではなく、「組織として責任を持つ」という正論で返します。これにより、相手が個人攻撃をする大義名分を奪います。「私が責任を持つ」と言ってはいけません。「店が持つ」のです。
レベル3(強要・恫喝)|接客をやめて安全対応へ
「殺すぞ」「ネットに書くぞ」など、身の危険を感じるレベルであれば、警告を行い、上司にバトンタッチします。
「脅しと受け取れる発言や個人情報の要求が続く場合、業務に支障が出ますので責任者に交代し、必要に応じて警察へ相談します。」
上司の対応例としては、以下のようなものが良いでしょう。
「スタッフの個人情報は、会社として守る義務がございます。これ以上執拗に求められるようであれば、警察へ相談させていただきます。」
ここまで来たら、ゴールは「納得させる」ではありません。距離を取る/上長へ渡す/記録する/安全を確保する。これだけで十分です。
(参考:警察庁「110番通報のポイント」)
【番外編】電話対応での切り返し
顔が見えない電話では、さらに執拗になるケースがあります。
「お電話ありがとうございます。担当の〇〇(苗字)です。」 (フルネームを聞かれたら) 「恐れ入りますが、電話口では名字のみの対応とさせていただいております。ご意見は責任者に共有しますので、ご用件をお伺いできますでしょうか。」
電話の場合は、長引くようなら「これ以上は業務に支障が出ますので、切らせていただきます」と通告して切断するのも、最終手段として有効です。
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こんな時どうする?名刺・漢字・写真要求への対処法

名前を拒否すると、相手は手を変え品を変えて個人情報を引き出そうとしてきます。 よくある「変化球」への対処法も準備しておきましょう。これをシミュレーションしておくことが、現場の余裕に繋がります。
Q.「名刺を出せ」と言われたら?
個人の名刺(フルネーム入り)を渡すことは、名前を教えるのと同じリスクがあります。絶対に渡してはいけません。
- 対応: 会社(店舗)の代表名刺、またはショップカードを提示。
- トーク例: 「個人の名刺は持ち合わせておりません。お店の連絡先はこちらになります。」
そもそも、接客業の現場スタッフが個人名刺を持っていること自体が稀です。「持っていません」で押し通して問題ありません。
Q.「漢字はどう書くんだ」と聞かれたら?
漢字が分かると検索精度が上がります。
- 対応: 答える必要はありません。
- トーク例: 「申し訳ございません。先ほどお伝えした通り、個人の特定に繋がる情報はお答えできません。」
「なんで漢字も教えられないんだ!」と怒鳴られても、「規定です」の一点張りでOKです。
Q.スマホで名札を撮られたら?
これは「肖像権の侵害」および「プライバシーの侵害」にあたります。 無断撮影は、SNSでの晒し行為の予兆です。
- 対応: 即座に削除を求め、従わない場合は退去を命じます。
- トーク例: 「お客様、無断での撮影は固くお断りしております。肖像権の侵害にあたりますので、今すぐデータ(画像・動画)を削除してください。」
ここで弱気になってはいけません。「撮った写真を消すまで帰さない」くらいの毅然とした態度が必要です。
【業種別】カスハラで名前を聞かれた際の現場のリアルな対応事例

業種によっても、名前の開示に関する「常識」や「リスク」は異なります。 自社の業界に合わせた対応基準を設けましょう。
病院・医療現場(看護師・受付)
患者との信頼関係が不可欠なため、「名字すら教えない」のは難しい場合があります。 しかし、近年では厚生労働省の通知により、「名字+ひらがな」や「氏名以外の記載(役職のみ等)」も認められるようになっています。
- 対応: 「担当の〇〇(名字)です」と名乗りつつ、フルネームは拒否する運用が標準的です。
- 注意点: 医療従事者は国家資格者であるため、名札の掲示義務がありますが、「フルネームである必要はない」という解釈が一般的になっています。
(参考:厚生労働省「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行について(通知)」)
役所・公務員
「公務員は公人だから名前を出すべきだ」「俺たちの税金で食ってるんだろ」と詰め寄るクレーマーが多いですが、公務員にもプライバシー権はあります。 多くの自治体でフルネーム表記の名札が廃止されており、「不当な攻撃から職員を守る」動きが加速しています。
- 対応: 「組織として対応します」という姿勢を崩さず、個人への攻撃をかわすことが重要です。「公務員だから何をしてもいい」という理屈は通りません。
コンビニ・小売店・飲食店
不特定多数が来店し、深夜のワンオペなど危険度が高い現場です。 ストーカー被害に直結しやすいため、「イニシャル表記」「クルー」「スタッフ」といった匿名表記への切り替えが進んでいます。 バス・タクシー業界でも、国土交通省の省令改正により、車内での乗務員氏名の掲示義務が廃止されました。この流れは接客業全体に波及しています。
- 対応: 身の危険を感じたら、会話で解決しようとせず、すぐにバックヤードへ避難するか警察を呼ぶべきです。レシートにフルネームが印字される設定になっていないかも確認しましょう。
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組織として取り組むべきカスハラから名前を守る仕組みづくり

現場スタッフ個人の頑張りには限界があります。 根本的な解決のためには、会社(組織)が「名前を出さなくていい環境」を作ることが不可欠です。
名札のイニシャル化・ビジネスネーム化のすすめ
本名で働く必要性は、年々薄れています。
- イニシャル表記: コンビニやカフェなどで主流。個人特定がほぼ不可能になります。「Y.T」など。
- ビジネスネーム(仮名): コールセンターやホテルなどで導入が進んでいます。「田中」「鈴木」などの一般的な仮名を使うことで、接客の質(日本的なおもてなし感)を落とさずにスタッフを守れます。
「お客様に失礼だ」という社内の反対意見に対しては、「スタッフがストーカー被害に遭ったら会社が責任を取れるのか」という安全配慮義務の観点から説得しましょう。
カスタマーハラスメント対策基本方針の掲示
店頭やWebサイトに、会社の姿勢を明記しましょう。
「当社では、従業員のプライバシー保護のため、名札の表記を簡略化しております。また、従業員の個人情報を執拗に聞き出す行為は、警察への通報対象となります。」
この掲示があるだけで、現場スタッフは「会社という後ろ盾」を感じ、毅然とした対応ができるようになります。クレーマーに対する強力な牽制球にもなります。
録音・録画体制の整備
「言った言わない」を防止するために、防犯カメラやボイスレコーダーを設置します。 「防犯カメラ作動中」のステッカーを貼るだけでも、抑止力になります。
カスハラで名前を聞かれたら?よくある質問
こちらでは、カスハラへの対応でよく寄せられる質問に対して回答していきます。
Q. 「名字だけでも教えたくない」と言っていい?
会社の規定として運用しているなら可能です。ただし業種や職場文化によって摩擦が出やすいので、イニシャル・ビジネスネームなど“代替策”を用意すると安定します。
Q. 「教えないと逆上しそう」で怖い
だからこそ、最初から「規定」として淡々と伝え、長引かせないのが安全です。相手の感情を落ち着かせようとして雑談に入るほど、個人戦になります。
Q. 「上司に教えろ」と言われたら?
安全配慮の観点でも、会社としては現場を守る体制整備が求められます。上司判断の属人化をやめ、ルール化に切り替えるのが合理的です。
Q. 晒されたかもしれない時は?
まずは、投稿のスクショ、URL、日時、アカウント情報などを保存。次に社内で共有し、必要に応じて警察相談へ。拡散に反応しすぎると燃え広がる場合もあるため、対応は責任者が一元化します。
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まとめ|あなたの名前は安売りしていいものではない

ここまで、カスハラ客から名前を守るための法的根拠と具体的な対応策を解説してきました。
最後に、これだけは覚えておいてください。 あなたの名前(個人情報)は、あなたと家族の生活を守るための大切なものです。 理不尽な悪意を持った相手に、安売りしていいものではありません。
名前を教えないことは「逃げ」でも「失礼」でもなく、「正当な自己防衛」です。 この記事のトークスクリプトを印刷してレジに置いておくだけでも、心のお守りになるはずです。
- 「教えなくていい」と周知する: 現場スタッフに対し、フルネーム開示の義務がないことを明確に伝える。
- トークスクリプトの共有: 記事内の「切り返しトーク」をマニュアル化し、ロールプレイング(研修)を行う。
- 名札の見直し: 実名のリスクを再考し、イニシャルやビジネスネームの導入を検討する。
「スタッフを守るためのマニュアルを作りたい」 「ビジネスネームの導入を検討したい」
そのような企業担当者様へ、私たちはカスハラ対策の専門家として、無料相談を実施しています。
カスハラ関連の著書出版・講演多数の実績ある弁護士が、企業の抱えるハラスメント問題を解決致します。
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