【カスハラ・クレームの事例】不動産売買業界におけるケーススタディ

不動産売買業界では、契約内容や取引の複雑性から、さまざまなカスハラ(カスタマーハラスメント)やクレームが発生することが少なくありません。高額な取引が多く、適用される法令や規制も多岐にわたるため、対応には慎重さと迅速さが求められます。

本記事では、不動産売買業界におけるカスハラの特徴や具体的な対応方法について、事例を交えながら解説します。問題発生時にどのように対処すべきか、適切な対応プロセスを学びましょう。

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不動産売買業界のカスハラの特徴

不動産売買業界のカスハラの特徴

不動産業界のケーススタディを見ていく前に、まずは不動産業界におけるカスハラの特徴や注意点を見ていきましょう。

(1)当事者の属性や取引内容によって適用法令が変わる

不動産取引においては、次の点に応じて適用される法令や条文が変わります。

・契約当事者の属性(宅地建物取引業者、事業者、消費者など)
・取引の法律構成(売買、代理、媒介、請負など)
・目的物の性質(宅地建物、新築住宅、中古住宅など)

主に考慮すべき法令は、宅地建物取引業法(以下「宅建業法」といいます)、住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下「品確法」といいます)、消費者契約法、民法、商法です。

カスハラ(カスタマーハラスメント)やクレームを受けた際には、速やかに契約当事者や取引内容を確認し、どの法令の適用や規制を受けるのかを検討することが必要です。

(2)業法等の規制を受ける

不動産売買業界で発生するクレームの多くは、業として行われる宅地(宅建業第2条第1号)や建物の売買、媒介(仲介)などによるものであり、宅建業法の規制対象となります。本記事では、主に売主または仲介業者となる宅建業者の視点からクレーム対応について検討します。

業法の規制を受けるということは、最悪の場合、業務停止や免許取消し(宅建業第65条、第66条)の処分を受けるリスクがあることを意味します。

そのため、クレームが発生した場合には、このような監督処分のリスクを考慮し、民事上の法的責任の有無にとらわれず、和解などによって柔軟な紛争解決を目指すことが望ましい場合があります。

(3)重要事項説明書や売買契約書等の書面が存在する

不動産売買契約においては、宅建業法により、各契約段階に応じてさまざまな書面の交付が義務付けられています。例えば、重要事項説明書(宅建業第35条)や不動産売買契約書(宅建業第37条)などの書面があります。

そのため、クレームが発生した場合には、これらの書面の記載内容や作成・交付・締結の具体的経過を確認することが必要です。これらの書面には違約金の定めが記載されていることが多く、紛争解決の際の損害賠償額の見積もりを立てることもできます(宅建業第37条第1項第8号)。

(4)説明不足が原因となるクレームが多い

不動産売買の対象は、権利関係、物件の形状、周辺環境など、さまざまな構成要素を含む特定物です。さらに、物件紹介、内覧、条件交渉、契約締結、引渡しといった長期的な取引段階を経て履行されます。

このような複雑性から、売主などが宅建業者である場合、宅建業法上の説明義務(宅建業第35条─重要事項説明義務、宅建業第47条第1号─重要な事項の告知義務、故意の不告知の禁止)を負います。そして、当該説明義務に対する違反行為は監督処分の対象となります。また、民事上でも信義則上の情報提供義務違反や付随義務としての説明義務違反を構成し、損害賠償責任を生じさせます。

宅建業者としては、この点を念頭に置き、認識に齟齬が出ないように適切な説明義務を果たし、その証跡資料(重要事項説明書への記載、面談メモ、メール、確認書など)を残しておくことが重要です。

(5)法的解決と親和性があること

不動産売買では、売買契約書などによって契約条件が客観的な資料から確定しやすく、違約金の定めなど紛争発生時の取り決めも整っていることが多いです。そのため、紛争の種類としては比較的予見しやすく、法的帰結を踏まえた解決と親和性があります。

そのため、カスハラやクレームが発生した場合には、早期に弁護士などの専門家に相談し、適切な事案の見立てを行い、それを踏まえた対応をすることが有益です。これにより、問題の早期解決が期待できます。

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不動産売買業界におけるカスハラのケーススタディ

不動産売買業界におけるカスハラのケーススタディ

それでは実際に不動産業界のケーススタディを交えながら、どのようにカスハラに対応していくべきか、見ていきましょう。以下は、不動産業界におけるポイントとなっております。

ポイント
  1. 契約当事者の属性と適用法令を確認する
  2. 重要事項説明書(宅建業35条書面)、売買契約書(宅建業37条書面)などの法定書面の有無、内容を確認する
  3. 物件の性状に関しては、登記・境界確認書・土地環境調査・写真などの証拠力の高い客観資料の有無を確認する
  4. 取引の段階(買受証明等の交付、重説、契約書締結、引渡し、使用開始など)を考慮して、対応を検討する
  5. 弁護士等に早期に相談して法的責任の見立てを得る

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不動産売買業界におけるカスハラ事例①極めて軽微な瑕疵に基づく売買契約キャンセルのクレーム

宅建業者である株式会社SELLは、一般顧客である山田氏に対し、新築住宅を売却することになりました。山田氏は内覧を経てこの物件を大変気に入り、滞りなく売買契約が締結されました。

しかし、引渡日の前日に山田氏は「玄関扉に瑕疵があるので、これを修理するまでは引渡しを受けない」と言い出しました。SELLは直ちに現地確認に行きましたが、玄関扉の開閉には何ら支障がなく、傷なども見られませんでした。

SELLがその旨を山田氏に報告すると、山田氏は写真付きのメールを送り、玄関扉の下部に付着した雨水の跳ねた水滴跡が瑕疵だと主張しました。SELLが雑巾でこれを拭き取ると水滴跡は消え、きれいになった玄関扉の写真を撮って山田氏にメールしましたが、返信はありませんでした。

引渡日当日、山田氏は決済場所に現れませんでした。SELLから山田氏に連絡すると、山田氏は「先日、なぜ『瑕疵はなかった』と嘘をついたのですか?そんな不誠実な会社だと安心できません。誠意を見せていただけるまで引渡しは受けないことにしました。キャンセルしてください」と言ってきました。

SELLとしては、どのように対応すべきでしょうか。

(1)当事者の属性と適用法令の確認

一般的なクレーム対応の流れ(【聴取】→【調査】→【判定】→【回答】)に入る前、または平行して、不動産業界特有の検討として契約当事者の属性と適用法令の確認を行います。本事例は以下のように整理できます。

詳細な適用条文の判別が難しい場合でも、民法、商法、宅建業法、品確法、消費者契約法のいずれの適用があるのかを念頭に置いて対処することが重要です。これにより、カスハラやクレームに対して適切な対応が可能となります。

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(2) 【聴取】(対応プロセス1)

要求内容の確認

【聴取】で必要となるのは、顧客が主張する事実と要求を確定させることです。

本事例では「キャンセルしてください」という顧客の要望が「引渡期日のキャンセル(日程変更)」に過ぎないのか、「本件売買契約のキャンセル(契約解除)」までを望んでいるのかをまず確認します。

ただし、顧客から曖昧な意思表示がされることもあります。その場合は、【調査】の段階で、他の視点や関係者(金融機関のローン契約の状況、司法書士とのやり取りの状況など)から、顧客が契約を継続する意向なのかどうかを探ることも有益です。

主張する事実の確認

要求内容のほかに、その要求の法的根拠および主張する事実関係も確認します。例えば、瑕疵への対応の不足が解除の理由だと主張してきた場合は、「玄関扉の瑕疵とは扉下部の水滴汚れのことか」、「それ以外に瑕疵があったのか」などを確認して記録します。

(3) 【調査】(対応プロセス2)

顧客の主張に関する調査

【調査】においては、前記【聴取】の段階で確認した要求内容および主張に関連する事項の調査を行います。

具体的には、玄関扉やその他設備の状態確認、当該顧客に対応した従業員や宅地建物取引士からの事情聴取を行います。

従業員等からの聴取の際には、紛争のきっかけになった直接的事案以外にも、取引過程で気になった点を時系列的に確認することが有用です。これにより、顧客の性格や潜在的な紛争の芽を把握できます。

法的請求根拠に関する調査

併せて、売買契約書の解除条項、手付金額、違約金の定めを確認します。解除原因の有無や解除がなされた場合の手続を確認するためです。

適法性に関する調査

また、不動産売買においては、万一のことを考えて法定書面に不備がないかをチェックします。クレーム本体に法的責任がない場合でも、付帯的に法定書面の不備を持ち出されて困ることがあるためです。

チェック!売買契約書等によくある不備の例
  • 日付が空欄
  • 重要事項説明書と売買契約書の同一項目に係る記載の不一致
  • 宅地建物取引士の押印がない(特に,複数の宅地建物取引士が介在する場合は注意する必要がある)
  • 「代金以外に授受される金銭の額及び授受の目的の記載」等が「実費」 等と記載され,具体的な記載が欠如している

(4) 【判定】(対応プロセス3)

判定におけるポイント
判定におけるポイント

【判定】のプロセスでは、法的責任の有無に加えて、紛争がこじれた場合の落としどころも検討しておくことが重要です。

不動産取引は対象となる商品自体が高額です。また、新築表記ができるのは「建設工事の完了の日(検査済み証記載の日)から起算して1年」(品確法第2条第2項)というリミットがあります。紛争がこじれて契約解除が後倒しになると、貴重な商品を長期間腐らせることになり、時間の経過とともに損害は拡大していきます。

そのため、宅建業者側に法的責任がない場合であっても、コストを総合的に見極めて対処することが必要です。

法的責任の判定

本事例における法的責任を判断すると、本事例で「瑕疵」として主張されているのは、玄関扉の水滴跡に過ぎず、既に清掃されており、「品質」が「契約の目的に適合しない」ものとはいえません。したがって、契約不適合責任や債務不履行責任を生じる可能性はないと考えられます。

落としどころの検討

一方、買主が契約解除の意思を曖昧にしつつ引渡しに協力しない場合、売主に債務不履行責任等がない旨を述べるだけでは、買主の不当クレームを拒絶しても紛争は解決しません。そのため、最終的には売主側から契約解除を行うことが可能かどうかの検討も必要です。

(5) 【回答】(対応プロセス4)

回答事項の検討

以上を踏まえて、本事例で顧客である山田氏に対して【回答】すべき事項としては、以下の点が考えられます。

  1. 道義的謝罪(気持ちの緩衝のため)
  2. 買主の主張する事実の確認(争点の固定のため)
  3. 現実の提供・口頭の提供・受領拒絶の事実の確認(売主側からの解除の要件充足等のため)
  4. 履行の着手があったことの確認(手付放棄による解除の防止のため)
  5. 違約金条項の確認(買主側に紛争リスクの予見可能性を与えるため)
  6. 場合によっては、売主側からの契約の解除の意思表示(損害の拡大を防ぐため)

なお、履行の着手については、例えば、登記移転手続および決済期日に所有権移転登記手続に必要な書類を決済場所に持参し、抵当権設定準備をした金融機関担当者や司法書士にも立ち会わせた事例(東京地判平成25年9月4日 ウエストロー(事件番号:平成24年(ワ)14064号))で売主側の着手が認められています。

回答の順序の検討

取引段階を考慮に入れると、引渡日付近にまで至っている場合、買主側に理由(例えば、別により良い物件があり契約破棄したい事情があるなど)がなければ、安易に契約の不当破棄を行うとは考えにくいです。

そのため、買主の性格や態度を踏まえて検討し、道義的謝罪を行えば気が収まって滞りなく履行が可能そうであれば、まずは道義的謝罪、買主の主張する事実の確認、現実の提供・口頭の提供・受領拒絶の事実の確認といった積極的に法律関係を変動させない事情のみを通知して様子を探ることが考えられます。

その上でなお、引渡しを拒絶するようであれば、履行の着手があったことの確認や違約金条項の確認をして、既に手付放棄による解除はできず、違約金を請求せざるを得ない点などを通知して再考を促します。それでも応じない場合は、商品の再売買の余地などを考慮の上、売主側からの契約の解除の意思表示を行うことが検討できます。

合意書作成によるリスク回避の検討

後日の監督官庁や公益社団法人全国宅地建物取引業保証協会等への苦情申出などの紛争を未然に防ぐためには、法的責任がない場合であっても、当該クレーム事案に関する売主側の買主に対する損害賠償請求権放棄などの買主にメリットのある条項を引き換えにして、契約解除の場合は清算条項のある合意解約書の作成や、契約継続の場合は当該事案に関する責任の内容を明確化した覚書を作成するとよいです。

回答方法の検討

回答は、必ず送付した日時が明らかになる方法で行います。

具体的には、回答のスピード感や顧客の性格なども考慮して電子メール、配達記録郵便、簡易書留、配達記録付き内容証明郵便などの方法を選択します。履行の提供や解除の意思表示などの重要な法的効果をもたらす行為は、裁判上の証拠とすることを見越して配達記録付き内容証明郵便によって行うべきです。

念書等を要求するクレーマー・カスハラへの対応方法

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まとめ

【カスハラ・クレームの事例】不動産売買業界におけるケーススタディのまとめ

不動産売買業界では、契約内容や取引の複雑性から、さまざまなカスハラ(カスタマーハラスメント)やクレームが発生しやすい状況にあります。不動産取引は高額な商品を対象としており、適用される法令や規制も多岐にわたります。そのため、クレームが発生した際には、迅速かつ適切な対応が求められます。

まず、契約当事者の属性や取引内容に基づいて適用法令を確認し、法的責任の有無を検討します。次に、顧客の主張や要求を正確に聴取し、事実関係を確認することが重要です。さらに、顧客の主張に対する調査を行い、法的根拠や適法性を確認します。そして、法的責任や紛争がこじれた場合の落としどころを検討し、適切な回答を行います。

適切な対応プロセスを経て、顧客との円滑なコミュニケーションを維持しつつ、問題解決を図ることが求められます。特に、不動産業界では証拠の確保が重要であり、すべてのやり取りや対応の記録を詳細に保管することが必要です。

香川総合法律事務所では、カスハラ顧客やクレーム顧客の対応をはじめ、企業向けのカスハラマニュアルの作成や、研修等も行なっております。カスハラやクレームにお困りの場合は、是非ご相談ください。

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