建設業界では、近年カスタマーハラスメント(カスハラ)が大きな問題となっています。
カスハラとは、顧客が不当な要求や暴言を通じてサービス提供者に精神的・物理的な負担を強いる行為です。この問題は、建設業界特有の業務内容や契約形態によって、他の業界以上に深刻化することがあります。
本記事では、建設業界におけるカスハラの特徴と具体的な事例、そして効果的な対応策について詳しく解説します。建設業界で働く皆様が直面する可能性のあるカスハラの問題に対処するためのヒントを提供します。
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目次
建設業界におけるカスハラの特徴
建設業界では、他の業界に比べて特有のカスタマーハラスメント(カスハラ)が発生しやすい傾向があります。
これは、建設業の業務特性や契約形態が影響しているためです。建設業界では特に以下の点が顕著です。
業務内容の認識ズレが生じやすい
建設業界のカスハラには、特に業務内容の認識ズレが生じやすいという特徴があります。
建設業は、既製品を売る仕事ではなく、あらかじめ約束したものを完成させて引き渡す仕事です。そのため、「目の前にあるこの物を渡します」という合意ができず、完成品が存在しない状態で契約を結びます。この点で、建設業に限らず、請負契約全般において顧客との間に認識のズレを招く危険性があります。
特に大規模な工事を行う場合、工事業者は注文主と打ち合わせを重ね、過去の施工事例や完成図、詳細な図面などでイメージを共有します。契約書にも膨大な関係書類を添付し、曖昧な完成品のイメージを確固たる共通認識とする努力を行います。
しかし、一般顧客を相手にする場合、この作業がそう簡単にはいきません。業者と顧客との間に知識の差が大きく、客観的には十分な説明を行っていたとしても「客に分かりやすく説明しないのがおかしい」といったクレームを呼び込みやすいのです。
特にカスハラを行う顧客は、客観的事実から他者と同一のイメージを形成することが不得手であることが多いです。その結果、通常であれば説明不足を謝罪し、いくらかの配慮を行えば収束する事案が、「約束したもの(=顧客が完成品と思い込んでいたもの)とは全く違う」、「相手はなすべき仕事をしていない悪人である」といった意識が醸成され、嫌がらせにまで発展する可能性があります。
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元請け・下請けの利害対立
建設業界では、顧客からの発注を元請業者が受け、さらに下請業者に再委託することが多いです。この場合、元請と下請の間での利害関係により、カスハラ対応が困難になることがあります。
まず、元請業者と顧客が直接契約を結ぶ「直請案件」の場合、顧客と元請業者の関係はシンプルです。顧客は元請業者に代金を支払う義務があり、元請業者は契約に基づき工事を完成させる義務があります。このように、契約当事者が元請業者と顧客のみであるため、元請業者はクレームへの対応方針を自社の判断で決定できます。また、リスク(例:代金の未払い)も自社で把握できるため、対応が一貫しやすいです。
一方で、下請業者が関わる「下請案件」の場合、状況は複雑になります。顧客と直接契約関係にあるのは元請業者ですが、クレームは下請業者に向けられやすいです。特に一般の顧客は、「実際に工事を行っている者に問題意識を伝えるのは当然だ」という感覚を持ちやすく、下請業者が「元請に言ってください」と伝えることは難しいです。この場合、下請業者が第一次対応を行い、その後元請業者と共有し対応を引き継ぐべきかを検討します。
問題は、下請業者への不当クレーム・カスハラが発生したときです。
元請と下請の間での利害対立が明確になり、元請は顧客の要求を受け入れないと代金が支払われないリスクがあります。一方、下請業者は早急に案件から離れたいが、顧客の要求を拒否すると、元請に代金の未払いリスクや契約解除のリスクを負わせ、今後の受注に悪影響が出る可能性があります。
このような状況では、元請・下請間の利害関係が不当クレーマーにとって格好の攻撃材料となることに注意が必要です。カスハラ対応を考慮した上で、双方が協力して一貫した対応を行うことが重要です。
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建設業界におけるカスハラ・クレームのケーススタディ①直請案件におけるクレーム
それでは、実際に建築業界におけるカスハラにおけるカスハラ・クレームの事例と対応方法とを見ていきましょう。なお、建築業界におけるカスハラ対策としては、以下のことに注意する必要があります。
- 業務内容に認識のズレが生じやすいことを自覚して対応することが大切
- 初期段階では、顧客の主張が以下のどれに該当するかを見極める必要:1. 知識不足が原因の誤解、2. 正当なクレーム(説明不足など)、3. 不当なクレーム。
- 顧客との協議内容を書面や録音に残しておくと、対応方針が定まりやすい
- 複数の業者が関わる場合、利害関係が方針のズレを生む可能性があるため、早期に窓口を一本化し、足並みを揃えることが重要
<事例>
株式会社A工務店(以下「A社」)は、顧客Bから自宅の外壁塗装工事を依頼されました。A社は早速Bとの間で打ち合わせを行い、複数の色見本を提示した上で、使用するペンキを決定しました。工事は問題なく終わり、代金も支払われました。
しかし、数週間後、A社にBから連絡が入りました。どうやら日当たりの関係で事前のイメージとは異なった色味になっており、「自分はこんな色で塗ってくれと頼んでいない。今すぐ塗り直してくれ」とA社に求めてきました。
A社としては、どのような対応をとるべきでしょうか。
1. 契約内容の確認
まずは契約内容に基づいて、顧客Bの要求が正当かどうかを判断する必要があります。
契約書に使用する色が明確に示されていれば、この点は簡単に解決できます。悩ましいのは、何も明記されていない場合や「協議により定める」とされている場合ですが、今回のケースではA社と顧客Bが事前に使用するペンキを合意しています。そのときの議事録や録音、確認書などがあれば、契約内容に反した色のペンキを使用したとは言えないでしょう。
しかし、専門業者であるA社には、一般顧客であるBに対して高度な説明義務があります。前提事情の提供が不足していれば、義務違反を問われる可能性もあります。この点は、ケースバイケースで判断するほかありません。
2. 第一次回答
次に、契約上対応可能な範囲(=対応のベースライン)を顧客と共有します。例えば、A社としては「使用するペンキは両者で検討し合意したものであるため、塗り直しはできません。有償での再塗装なら対応します」という回答が考えられます。
この段階で注意すべきは、相手を不当クレーマー扱いしないことです。もちろん、既に顧客から何らかの被害を受けている場合には相応の対応が必要ですが、そうでない場合には「クレーマー扱い」が事態を悪化させる可能性があります。
3. 対応方針の確定
第一次回答に対する顧客Bの反応によって、A社がとるべき対応は変わってきます。まず、BがA社の対応に納得するのであれば問題はありません。しかし、Bが「確かにそうだが、説明が不足していた」とクレームを行う場合、その点についてのプロセスを再検証する機会として、貴重な意見と受け止めるべきです。
Bが回答に不満を示し続ける場合でも、それだけでBが引き下がるのであれば対応としては十分です。ここで顧客満足度を追い求め、無償で再塗装を行うといった対応は過剰サービスであり、営利企業が行うべき行為ではありません。
重要なのは、顧客対応からカスハラ対応への切り替えを意識することです。A社の回答にも関わらず、Bが不当な内容や方法による要求を継続する場合、例えば、無償での再塗装を頑なに要求したり、会社にまで押しかけてくるようなケースが考えられます。A社としては従前の回答を繰り返し、不当な行為の停止を求める必要があります。それでもBの要求が収まらない場合には、関係遮断も視野に入れるべきです。
このように、建設業界でのカスハラ対応には慎重な対応方針の確定が必要です。クレーマーによる不当なクレームに対しても、冷静に対応しつつ、必要ならば関係を断つ勇気も求められます。
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建設業界におけるカスハラ・クレームのケーススタディ②下請案件におけるクレーム
<事例>
C株式会社(以下「C社」)は、主に住宅建築を扱う工事業者であり、内装工事については日頃からD設備工事(以下「D設備」)という業者に下請けとして依頼しています。
C社は顧客Eから住宅新築工事を受注し、その内装仕上げ工事をD設備に任せました。しかし、EはD設備に対し、工期中毎日のように電話をかけ、「あんなレベルの低い工事に代金は払えないぞ」、「責任者を出せ」と高圧的な要求を始めました。
C社が現場を確認したところ、D設備の工事に問題は見受けられず、Eの要求は不当なものであると判断しました。
このような場合、C社およびD設備はどのような対応をとるべきでしょうか。
1. 対立の不合理性
下請業者への不当クレーム・カスハラが発生すると、元請・下請間には構造的に利害対立が生じやすくなります。
本事例で言えば、C社は代金を確保するためにD設備に顧客Eの要求に応じるよう求める動機があります。一方、D設備はEの要求に応じず、早急に工事を完成させて案件から離れる動機があります。このような事情から、顧客のクレームにより元請と下請間で対立が発生するケースは少なくありません。
しかし、不当クレームやカスハラが発生している場面では、このような対立にはあまり意味がありません。なぜなら、元請が顧客の要望に応えても、顧客からスムーズに代金回収ができる保証がないからです。
また、下請が工事を完成させたとしても、不当クレームやカスハラから逃れられる保証はありません。不当クレーマーやカスハラ顧客の行動は不合理であり、一つの要求が満たされても満足して代金を支払うとは限らないのです。案件から離れても、執拗に攻撃を繰り返してくることもあります。不当クレーマーやカスハラ顧客に合理的な行動を期待するのは誤りです。
2. 対応方針
C社およびD設備にとって、協力関係を結ぶことが合理的です。
C社はD設備が仕事を完成させなければ、顧客Eに対して代金を請求することができません。万が一、カスハラに耐えられなくなったD設備が「飛ぶ」(工事を投げ出して撤退する)ことになれば、別の業者を連れてくる必要がありますが、前の業者が飛んだ現場を無条件に引き受ける業者は少ないでしょう。
相場より高い費用を設定しなければ業者が見つかる可能性は低く、その結果赤字となれば、代金の未回収リスク以前の問題となります。
D設備としても、工事を完成させたとして、C社が顧客と同調して「工事が不十分である」と主張するようであれば、任意の支払いは受けられません。訴訟での回収には双方に弁護士費用がかかり、両者の対立が決定的となり他の案件への影響も出かねません。
C社およびD設備は、双方の利害が対立しているように見えますが、不当クレーマーであるEの行動次第では「両負け」になる可能性があります。初期段階で窓口を一本化し、歩調を合わせて不当要求に対処することが重要です。
このように、建築業界でのカスハラ対応には、元請業者と下請業者が協力して一貫した対応を取ることが求められます。不当なクレームやカスハラに対して、適切に対応することで健全な業務環境を維持することができます。
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まとめ
建築業界におけるカスハラ(カスタマーハラスメント)は、元請業者と下請業者の関係においても大きな課題となっています。
カスハラ対応には、顧客との認識のズレを防ぎ、透明性のある契約内容を徹底することが重要です。また、元請業者と下請業者が協力して一貫した対応を行うことも、カスハラに対抗するために欠かせません。
特に、顧客からの不当なクレームやカスハラが発生した場合には、双方が協力し合い、適切な対応を取ることで健全な業務環境を維持することが求められます。初期段階での対策として、窓口を一本化し、対応方針を統一することが効果的です。また、記録の徹底や法的措置の検討も視野に入れ、冷静かつ毅然とした態度で対応することが大切です。
香川総合法律事務所では、カスハラ顧客やクレーム顧客の対応をはじめ、企業向けのカスハラマニュアルの作成や、研修等も行なっております。カスハラやクレームにお困りの場合は、是非ご相談ください。
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